詩吟は日本独自の伝統的な文化の一つです。日本人は奈良・平安時代の昔から漢詩を学び、自ら漢文で詩を作って来ました。 Chanting of a Chinese poetry or Japan-made Chinese poetry is one of the traditional culture unique to Japan. Japanese people learned Chinese poetry from the ancient times of the Nara-Heian period, and have made Japan-made poetry of Chinese letter by themselves. 


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過去の吟題のリンク集

2018年04月23日

H30-05『題自畫』江馬細香

自画(じが)(だい)江馬(えま)細香(さいこう)

 

孤房(こぼう)(ふで)(ろう)して歳年(さいねん)(うつ)

(ひと)たび生涯(しょうがい)(あや)まる(なん)(お)(べ)けんや

(いささ)(よろ)こぶ清貞(せいてい)(かれ)(に)たるを

幽蘭(ゆうらん)痩竹(そうちく)寒姿(かんし)(うつ)


  題自畫 江馬細香

孤房弄筆歳年移

一誤生涯何可追

聊喜清貞與渠似

幽蘭痩竹寫寒姿


【作者】江馬細香(天明744日(1787520日)〜 文久元年94日(1861107日))。江戸時代の女性漢詩人、画家。

美濃大垣藩の医師江馬蘭斎の長女として生まれる。本名は多保。少女の頃から漢詩・南画に才能を示し、絵を玉潾・浦上春琴に、漢詩を頼山陽に師事する。湘夢・箕山と号すが、字の細香で知られ、同郷の梁川紅蘭と併称された。頼山陽の愛人であったことでも知られる。
(以上、ウイキペディアより引用。)


以下、語釈・大意については、インターネット上で公益社団法人関西吟詩文化協会が投稿している記事を引用させて頂きました。

【語釈】*誤生涯・・・ここではョ山陽との結婚ならざるをいう。  *C貞・・・心清らかに志を守るの意。  *渠・・・ここでは蘭と竹をさす。(因みに下記大意の「欄竹」とは蘭の曲線に竹の直線を配したもので、墨画で多く表現されています。)  *寒姿・・・冷たさを感じさせるまでに純粋な姿。

【大意】孤独な生活の中にあって絵筆を握り幾年かの歳月が過ぎ去ってしまいました。生涯にひと度、普通の婦人とちがう道をえらんでしまったからには、どうして取り返しがつきましょうか。

 私がわずかに喜びとするのは、ひとすじに志を守り通してきたことが、ちょうど蘭竹の清らかさに似ていること。

ですからひっそりした蘭や痩せた竹の冷たいまでに純粋な姿を好んで詩や画に描くのです。


【所感他】有田信風

 江馬細香(本名、江馬多保)の号、箕山は、中国の伝説上の帝である帝堯のとき、許由(きょゆ)と巣父(そうほ)が世俗的な名誉を嫌って箕山(きざん)という山に隠れたという「箕山の節」という言葉に由来しているのだと思います。

  許由・巣父の二人は帝堯の国を護る伝説的な高士で、狩野永徳による墨画「許由巣父図」は国宝に指定されています。

 江馬細香は頼山陽との結婚が父・蘭斎の意向により実りませんでした。頼山陽は最初の妻と離婚して江馬細香に会うため大垣に行ったときは独身でした。山陽は細香の父江馬蘭斎の意向を知り、細香と結婚したいと言う話は切り出さず仕舞いでした。その時山陽は34歳、細香は27歳でした。細香の父蘭斎は長女細香が山陽の弟子になることを許しています。


 山陽は舟で大垣を発ち木曽川を下って桑名に向かいました。その後山陽と細香は、山陽が42歳で没するまで交流を続けています。細香は山陽の訃報を聞いて「私は出来の悪い弟子でしたが、先生は小倉の定家のような大先生でした」という意味の詩を作っています。

 私は、人生にはそれぞれ天によって定められた役目があるのだ、と思っております。過去を振り返れば私も時に心の惑いがあり、過ちも犯し、危険な目に遭ったこともあったのですが、お陰様でこの齢に至るまで、大過なく過ごすことができました。これは、天のよる見えざるお力によるものだ、と自分自身ではそう確かに信じております。私の場合、天は阿弥陀如来であり、仏陀であり、永遠に規範とすべきことが書かれている書物の著者たちであり、私の先祖たちであり、私が9歳のとき他界した生母であり、私の精神を導いてくれているもので私の内なる全てです。

 私は「己を知り、己を正しく保ちつつ天命を全うする」ことが大事だと思います。其処に人生の真の価値と幸せがあるのだ、と確信しております。

 己を正すために良い詩があります。それは江戸初期に活躍し若干満40歳で病死した我が国の「陽明学」の先駆者・中江藤樹の『百忍の詩』です。私が携帯電話とパソコンそれぞれに同じ名前で二つ持っているフェイスブックの私のアカウントの一つに、それを「ノート」にして公開しております。

 私は、幸せは遠きところには在らず、我がすぐ傍に在る、と実感しています。正に宋代の詩人・戴益の作詞『春を探る』のようです。この『春を探る』の吟詠については、財団法人日本吟剣詩舞振興会から出されているCD『平成10年度吟剣詩舞道吟詠集』の中に、橋本龍淙の吟詠が収録されています。私はこの吟詠が大好きで、しばしば聴いて楽しんでおります。

 なお、江馬細香と頼山陽の関係について思わせるような、頼山陽の作詞『舟大垣を発して桑名に赴く』があります。自分で聴いてみて大変稚拙な吟詠ですが、20120622日に7月の吟題としてそれを公開しております。大変下手な吟詠ですが上述『百忍の詩』も先月公開しました。これは女性が一緒に詠えるように男声にとっては高い5本で吟じました。



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2018年03月24日

H30-04『百忍の詩』中江藤樹

5本の吟詠を入れ替えました。(4月2日)

百忍詩

      (5本)

 

 (2本)
(ひと)たび(しの)べば七情(しちじょう)(みな)中和(ちゅうわ)

(ふたた)(しの)べば五福(ごふく)(みな)(なら)(いた)

(しの)んで百忍(ひゃくにん)(いた)れば満腔(まんこう)(はる)

煕々(きき)たる宇宙(うちゅう)(すべ)真境(しんきょう)


百忍詩 

一忍七情皆中和   

再忍五jF竝臻

忍到百忍滿腔春

煕煕宇宙總眞境


以下の文は財団法人日本吟剣詩舞振興会編『吟剣詩舞道漢詩集』から引用させて頂きました。

【作者】中江藤樹(16081648)江戸時代初期の学者。通称は与右衛門、近江国(現在の滋賀県)高島郡小川村出身。藤樹は王陽明の知行合一説に傾倒し、わが国の陽明学の主唱者となった。41歳で病没。

【解説】藤樹自身の、陽明学に基づく人生観を述べたもの。「百忍」こそ藤樹の学問の真髄である。

【語釈】*七情・・・七種の感情。仏教では喜・怒・哀・楽・愛・悪(お)・欲。  *五福・・・人生の五つの幸福、寿命の長いこと・財力の豊かなこと・無病なこと・徳を好むこと・天命をもって終わること。  *満腔・・・いっぱいに満ちていること。  *煕煕・・・広々としいていること。  *真境・・・まことの境地。

【通釈】人間の感情は七種からなっており、この感情が直接表に現れると、思わぬことが起こるものである。まず、一度これを忍べばそれらの感情は一つにかたよらず、穏やかにやわらぐものである。さらに修業を積み、ふたたび忍ぶことが出来るようになると、人生の五つの幸福がすべて自分自身の周囲に集まるようになる。このように修業を積み重ね、百度も忍ぶことができるようになると、心の中はいつも春の暖かさに包まれ、広々とした宇宙で起こるすべての事象を楽しく受け入れることができるものだ。これがまことの境地というものなのだ。

       

<寸評>今、国会では森友学園決裁文書問題で大混乱の状況です。安倍総理はじめ政権側はこの詩文のとおり、「百忍」の心境でしょう。一方、野党・一部のメディは「政権打倒」を掲げ怒り狂っています。彼らは「正しいこと」よりも「分かりやすい」ことに執着していて、国の大事については彼らの念頭にはないように見えます。


posted by 信風 at 12:35| 当月の吟題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月24日

H30-03『紅畔独歩花を尋ぬ』杜甫

紅畔(こうはん)独歩(どっぽ)(はな)(たず)  杜(と)(ほ)

男声用2本をコンダクターを弾きながら、女声用に8本の1オクターヴ下をカラオケ伴奏で入れます。

  (2本)

   (8本)

 (6本)

黄四娘(こうしじょう)(いえ)(はな)(けい)(み)

千朶(せんだ)万朶(ばんだ)(えだ)(あっ)して(た)

留連(りゅうれん)せる戯蝶(ぎちょう)時時(じじ)(ま)

自在(じざい)嬌鴬(きょうおう)恰恰(こうこう)として(な)


黄四娘家花滿蹊

千朶万朶壓枝低

留連戯蝶時時舞

自在嬌鶯恰恰啼


作者・解説・語釈・通釈は、財団法人日本吟剣詩舞振興会編より引用させて頂いております。

【作者】杜甫(712770)、盛唐の詩人。李白ともに唐代最高の詩人。李白・高適(こうせき)と交流があった。

【解説】杜甫が成都に住んでいたころ、浣花渓のほとりを一人で歩いていて、花をたずねて作った詩である。七首の連作であるが、この詩はその第六首めである。杜甫が成都に家(いわゆる「浣花草堂」)を建てたのは、杜甫49歳のときであった。これはそれから間もない頃の作品。杜甫の生涯のうちで、最も心の落ち着いていた日々であった。

【語釈】*紅畔・・・浣花渓のほとり。  *黄四娘・・・浣花草堂の近くの村のお婆さんの名前。「娘」は「むすめ」の意味でなく、年配の女性の称呼に用いる。  *蹊・・・こみち。  *朶・・・花のついた小枝。  *留連・・・そこに続けている。  *恰恰・・・鳥の啼き声。

【通釈】黄四娘の家では、花がこみちに咲きみちている。枝が枝を押しつけるように重なってたれている。いつまでも去らずに花に戯れている蝶はときどき舞い上がり、自由自在に啼く愛らしい鴬はコウコウと啼きたてている。 


【補足】有田信風

@ 成都は、中国の四川省の省都です。

A 高適(こうせき)は旧友杜甫が成都に住んでいたころ、杜甫の庇護者でありました。

B 高適の作詞に『除夜の作』と題する詩があります。

     旅館の寒燈 独り眠らず

     客心 何事ぞ 転(うた)た悽然(せいぜん)

     故郷 今夜 千里を思う

     霜鬢(そうびん) 明朝又一年

C 恰・・・ちょうど、あたかも二つの状況がぴったりと一致しているさま。

  恰恰・・・調和がとれているさま。特に音声がうまく調和するさま。

       「恰恰」は、杜甫の上記の作詞がもとで、後世に鳥の鳴き声として誤用されている。(三省堂『漢辞海』より引用)

posted by 信風 at 13:04| 当月の吟題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

H30-02『桜花を讃う』角光嘯堂

桜花おうか)(たと) 角光(かくみつ)嘯堂(しょうどう)

(さ)(ほこ)桜花(おうか)紺碧(こんぺき)(そら)

(か)(かお)天地(てんち)古今(ここん)(かん)

(とり)(な)(ちょう)(ま)(はな)(わ)して(あそ)

風光(ふうこう)(てん)(み)ちて正気(せいき)(あらた)なり

(あした)(はな)(ゆうべ)(つき)満々(まんまん)として(は)

雄大(ゆうだい)にして(また)(しょう)万朶(ばんだ)(さくら)


 讃櫻花

咲誇櫻花紺碧空

香薫天地古今間

鳥鳴蝶舞和花遊

風光滿天正氣新

朝花夕月滿滿

雄大亦賞萬朶櫻


【作者】角光嘯堂

角光嘯堂の作に2012922日投稿の『旧都の月』の他、02017224日の『潮来の夕』ご参照。


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2017年12月23日

H30-01短歌・寂蓮作「村雨の」


【はじめに】

短歌の吟詠の形はいろいろあると思います。皇居における歌会始のときの吟じ方・詩吟の各流派での吟じ方にはそれぞれ違いがあります。

それは、@伝統的なもの A吟詠の節回しについて譜を付けた人・言うなれば「作曲者」の心情的なもの B吟じる人・言うなれば「歌手」の心情的なもの、などによる違いです。

信風会で共に詩吟の勉強をしているあるお方がこの短歌について吟詠の音階の譜を付けたものを見せてくれました。そこで以下のとおり二通りの吟詠を試みてみました。(コンダクターを弾きながら詠っています。)

 村雨(むらさめ) 露(つゆ)もまだ(ひ)(まき)は)

(きり(た)ちのぼる 秋(あき)夕暮(ゆうぐれ)

【作者】寂蓮(じゃくれん、1139年(保延5年)?−1202年(建仁2720日)):

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人・僧侶である。俗名は藤原定長(ふじわらのさだなが)。(ウイキペディアより引用)


【語釈】*村雨・・・強く降ってすぐ止む雨   *槇:・・・スギやヒノキの総称

【歌意】(この風情は)ひとしきり降った村雨が通り過ぎた後、杉や檜の葉の上の雨の露がまだ乾かないうちに霧が立ち上ってくる秋の夕暮れであるよ。

【解説】

新古今和歌集

鎌倉時代初期、後鳥羽上皇の勅命によって編まれた勅撰和歌集。新興文学である連歌・今様に侵蝕されつつあった短歌の世界を典雅な空間に復帰させようとした歌集である。古今以来の伝統を引き継ぎ、かつ独自の美世界を現出した。『万葉集』『古今和歌集』と並んで「新古今調」を作り、和歌のみならず後世の連歌・俳諧・謡曲に大きな影響を残した。(ウイキペディアより引用)


後鳥羽上皇

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての第82代天皇(在位:寿永2820日(118398日)−建久9111日(1198218日))。文武両道で、新古今和歌集の編纂でも知られる。鎌倉時代の1221年(承久3年)に、承久の乱で鎌倉幕府執権の北条義時に朝廷側が敗北したため隠岐に流され、1239年(延応元年)に同地で崩御した。(ウイキペディアより引用)




posted by 信風 at 12:45| 当月の吟題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする