『蜀中(しょくちゅう)九日(きゅうじつ)』 王(おう) 勃(ぼつ)
(平成30年8月25日 吟詠を入れ替えました。)
九月(くがつ)九日(ここのか)望郷(ぼうきょう)台(だい)
他席(たせき)他郷(たきょう)客(かく)を送(おく)るの杯(はい)
人情(にんじょう)已(すで)に厭(いと)う南中(なんちゅう)の苦(く)
鴻雁(こうがん)那(なん)ぞ北地(ほくち)より来(きた)る
九月九日望郷臺
他席他郷送客杯
人情已厭南中苦
鴻雁那從北地來
*『吟剣詩舞道漢詩集』(日本吟剣詩舞振興会編)より引用しています。
〚作者〛王勃(646〜678)初唐の詩人。字は子安。現在の山西省河津県の人。わずか28歳の短い生涯であったが、天才詩人として名声が高かった。歴史書の編述を司る役人になっていた時、諸王の間で盛んに行われていた闘鶏の鶏について自分の善悪の信念を延べる檄文を書いて高宗の怒りを買い免職となった。その後奴隷を殺したため死刑になる所であったが大赦で助けられた。父がその事件に連座して今のベトナム北部に左遷されたので、その父を訪ねる途中、事故で水死した。
〚解説〛この詩は、作者が闘鶏の檄文を書いて免職になったのち蜀(四川省)を旅したときの作である。たまたま九月九日の重陽の節句にあたり、友人とともに玄武山の望郷台に上がって作ったものだという。
〚語釈〛*已厭・・・もうあきあきしてしまった。 *南中・・・広く南方の地をさす。 *鴻雁・・・ガン。 *北地・・・北の地方。
〚通釈〛九月九日の重陽の節句に、故郷を偲んで望郷台に登り、他郷においてよその宴席で、友の旅立つのを送る杯を酌み交わす。私の心はもう蜀の地の暮らしのうさにつくづく嫌気がさしているのに、何故あの雁は、わざわざ北の地を捨ててこちらに飛んでくるのだろう。

